狙われた ハッピーデート?
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


      



 春から初夏への端境というこの時期に、七郎次が勘兵衛へと水を向けた“別口の桜”というのは、様々な画家の手になる“さくら”を題材にした絵画展のことで。入場料のみならず、一部の作品へのオークションも構えられ、それらの収益を寄付するというチャリティーも兼ねての展示会が、当地の一角にある見本市会館にて催されていたらしく。梢に発色のいい新緑が萌えつつある街路樹たちが、時折風に煽られながらも整然と連なる遊歩道を辿れば。駅に間近いファッションマートやフードコートからは少し外れた、見晴らしのいい山の手側に、複数の映画を楽しめるシネコンや、ブームの再燃前からある最新型のプラネタリウムなども常設された、モダンな作りの見本市会館が見えて来る。陽あたりのいいエントランス前は案外と混み合っており、

 「結構な人出だの。」
 「そうですね、土曜の午前ですのに。」

 招待券がありますからと、チケットは買わずに直接館内へ入ってみれば。身動きにまで制限がかかるほどとの混雑ではなかったものの、それでもなかなかのにぎわいではあり、

 “…んん?”

 ふと視野に入ったポスターに、様々な意匠の桜の絵のコラージュと、見覚えのある壮年様の穏健そうな横顔が見受けられ。勘兵衛にしてみれば、それでようやく判ったのが、この集い、七郎次の父で日本画家の大家、草野刀月氏が主催でもあったようで。

 “それで、なのだな。”

 日頃の逢瀬でも こういう展覧会に運ばぬ訳ではないけれど、最初の目的地として七郎次が早々と設定していた、いやさ、逢う機会を作りましょと持ちかけて来たのは、こういう催しがあること、開催前に知っていたからでもあったのだろうて。見回せば、随分と落ち着き払った壮年層も多数おいでで。絵画のみならず写真も展示されているらしく。実物大にプリントされてあるものか、壁紙の如くという大きさのパネルに収められた、清々しい緑に染まった竹林の凛々しさに、ほおと歩みを停めて見入ってなさる。

  …かと思えば。

 展示されている作品は、日本画の名品から重厚な油絵のみならず、絵本やアニメになっていそうな画風の、ポップカルチャー系までと多種多様でもあるらしく。さすがに、系統ごとに部屋は分けられてあるものの、明らかにそちらを目当てに来たのだろ、中庭に飛び出して駆け回る幼い子供らもいるほどに、会場はどこか取り留めのない盛況ぶりを呈しており。ある意味、このまま此処もまた街なかのよう。そんな中でも、

 「これは…見事だの。」

 七郎次の父上の新作なのだろ、淡彩のしだれ桜が、それは優美に描かれた大作の屏風には。見惚れて動けぬ人が後を断たぬのか、常に人だかりが絶えない様子。勘兵衛もまた、繊細な鉄線により描かれた枝のシャープさと、そこへ膨
(ふく)よかなまでにみっちりとついた桜花の、ぼかしの利いたやさしい麗しさを愛でるように眺めやる。一人娘へ“七郎次”などという男の名前をつけた御仁は、どういう訳だか 金髪に青い眸という変わった風貌でこの子が生まれたことへも一向に動じなかったそうで。芸術家だったからか、それともそこまでが一くくりとなった“奇跡の転生”だということか。その辺りは当事者の自分たちにも確かめようもないのだけれど。

 「…………。」

 直に観るのは彼女もまた初めてなのか。天女もかくやという繊細な美しさと、それを支える神々しいまでの存在感とを併せ持つ、父上の渾身の大作。まだどこかあどけない匂いも残しつつ、それでもそろそろお年頃という、大人びて来た気配もにじむ横顔を、無防備にさらして見入っている様子は。そちらもまた、春という季節に似合いの、淡くも優しい印象をおびての愛らしく。少し落ち着いた恰好で来ていたのは、父の知り合いと出喰わしかねない場所柄だったからか。それにしては…これはいつものことではあるが、あまり周囲に注意を払っているようでもなくて。

 「勘兵衛様?」

 こちらを向いた今ようやく、向かい合う勘兵衛へとだけ“どうしましたか?”と、察したところも、いつもの屈託のない彼女ではあったのだが。

 「いや…。」

 何でもないと誤魔化すように、もう一度ほど見事な枝垂れ桜に眸を向ける壮年殿であり。その様子には不審なところなぞなかったのだけれど、

 “……。///////”

 今度は七郎次の方が、そんな勘兵衛の様子についつい見入ってしまったのも無理はない。青みがかった黒地のジャケットに、スタンドカラーのカジュアルなデザインのシャツは白。深色の、しかも肩の先までと延ばした長髪が、不思議と重くは見えないのは。しっかと充実した体躯をしていることと、態度は鷹揚重厚ながらも、所作や表情に冴えた切れがあるからで。

 “印象はどうかすると恐持てな方なのにな。”

 穏やかな笑いようなぞも出来るお人だが、それでも彫のくっきりとしたお顔は、表情が乗らぬと きりりと冴えての精悍で厳しい。警察官という苛酷な職務に、長年その身を置き、そんな職務へ常に真摯にあたって来た蓄積が成したものだろか。だとすれば、どれほど知略に長けておいででも、要領は悪いというか不器用というか、そういうところはあまり変わっておいででないようでもあって。そんな性分から、苦渋の選択をしいたりする機会も多くての、様々な錯綜呑まれて険しいお顔になられたならば、そこもやはり前世と同じで。

 “覚えておいでなら、少しは改善なさればよかったのに。”

 七郎次でさえ そうと思うこともたまにはあったが、恐らくはそれが、この彼の曲げられぬ資質でもあり。頑迷さや意固地なだけでは なかなかそうは在れぬだろう、とびきりの意志の強さと揺るがぬ姿勢あっての、そういうところが魅力だからこそ、自分も周囲の人々も彼という人物へ強く惹かれたのでもあろう。

 “…でもって、横顔は案外と繊細なんだよねvv”

 敬虔な祈りか、はたまた真摯な誓約か、何かしらの念をい抱いているかのような壮年殿の横顔に見惚れつつ。そんな微妙なところをちゃんと覚えていた自分の、相変わらず健気なところへだろか。ちょっぴりくすぐったさを覚えて、照れたように小さく微笑った七郎次であり。

 「…? 如何したか?」
 「いえ、何でもありませんvv」

 今度は逆にこちらが問われていては世話はない。更紗のオーバーブラウスを ひらりと揺らして、他の作品も観ましょうよと、先を促す少女の笑顔が目映くて。ああと、他愛なく誤魔化されて差し上げた勘兵衛だったりするのであった。




      ◇◇


 定期的に業者による見本市が催されるほど広々とした会場内は、天窓から射し入る陽に、真新しいパーテーションが眩しく照らし出されており。さながら ちょっとした中庭空間のようでもある。子供らの姿も多いとはいえ、児童館ではないのだし、大方 親御が連れて来ているのだろ。ひとしきり広いところという環境に興奮しはしても、大声上げて鬼ごっことまで騒ぐ子はおらずで。順路に沿って日本画や油絵の傑作をのんびりと堪能しておれば、そんな喧噪からも遠ざかり。駅や繁華街のある方向とは反対側、手入れの行き届いた庭園が見渡せる、ガラス張りの渡り廊下への昇降口へと辿り着く。現代建築の雄がデザインしたとされるその廊下は、あくまでも建物の一部でありながら、そこだけ作りつけたような印象の、二階建ての屋根つき橋のような構造になっており。殊に二階の部分は、ゴッホが描いた跳ね上げ橋を思わせるような、白い基礎構造が内からも外からも剥き出しに見通せて。ガラスという華奢な素材といかつい骨組みの調和がどうとか、入り口の階段脇の壁に解説を刻んだプレートが掛かってはいるが、ちゃんと読む人が果たしてどれほどいることか。そこへと上がれば、広い庭のシンメトリに刈られた茂みや芝の瑞々しい緑が一望出来、天気がよければ富士山の輪郭も見えなくはないというので、寺や神社のご本尊よろしく、そこまで足を運んで一通りとするのが、利用者たちの間で、何とはなくのここでの習わしになっており。

 「わあ、きれいだなぁvv」
 「お母さん、早く早く!」

 軽快な靴音や無邪気なお声が甲高く反響する中、申し分けなさそうな、それでも笑顔で会釈して先を急ぐご夫婦を見送って。こちらはのんびりとした歩調で開放部分までを歩む。天窓になったアーケード、ガレリアのようなガラス張り部分からは、それが見上げられる内部の通廊へまで届くほど、目映い光が降りそそいでおり。

 「…あ、勘兵衛様。ほらvv」

 どこか無垢なところも多く残る子だとはいえ、もう高校生だ。先程の幼い子供たちじゃああるまいし、今更 見晴らしのよさくらいで驚きはしなかろと思っておれば。白皙の細おもてや淡い金絲をけぶらせながら、陽の降りしきる中に立った姿は、正しく光の精霊の如き、透明感ある気高さに満ちており。しなやかな肢体を覆ってなお陽を透かす更紗の上着は、天翔る羽衣か、はたまた 腕へまとわせて優雅な 絹の領巾
(ひれ)のようにさえ見えたほど。間近に寄り添うてはこの姿がお顔と肩ほどしか見えなくなるが、さりとて、周辺に居合わせた男性たちが、それは不躾な視線を向けて来るのは我慢がならぬ。少女の美麗さに感じ入り、まずは見惚れてしまった視線は已なきとしても、それからもなお、張りついたままになるのは黙っておれぬと、そこいらの青二才のように感じてしまう壮年殿。あくまでもさりげなく、ゆったりと歩み寄ったその末、ほっそりとした肢体への盾になるよに身を添わせ、何か気になるものでも?と、懐ろに半ばほども取り込んだ格好の彼女を見下ろせば、

 「…あ、いえ、あの…。////////」

 見つめられたご本人さえ かあっと真っ赤になる、許容と落ち着きとをふんだんにたたえた、頼もしい存在感だが。それを背後や遠巻きから見やる格好の者らにすれば、この少女へこうまで近寄れる身であることの誇示とそれから、雄々しき体躯をした彼のほうをばかり見上げる関係で、彼女の姿のほとんどが覗き見さえ出来なくなるフォローの徹底ぶりに、歯咬みするしかなくなる、何とも忌々しい壁の出現に他ならず。かといって舌打ちでもしようものなら、ちらと向けられた視線の冷たさが、その舌ごと凍らせんというほどの鋭さだったりもするものだから

  ……というのは言い過ぎですが。
(笑)

 こうまであか抜けて可憐な美少女に、それはそれは強靭な護衛がいること しろ示す、隙のない手際や態度も もう手慣れたもの。そしてそして、そんな大人げない心持ちからの態度なことはともかくも、あまりに好きが嵩じてか、本人と一緒にいると まずはあがってしまうほどの崇拝振りが、やっと何とか落ち着いた頃合いに、このように間近にまで寄り添われると。

 “〜〜〜〜〜。///////”

 日頃のしっかり者な白百合さんはどこへやら。あれあれ、あのその…//////と、何かと覚束無くなるのも毎度のことだったりし。

 『日を置かずに逢っておれば、そんなことにはなりませんのにね。』
 『……。(頷、頷)』

 免疫が足りないのですよと、平八や久蔵からも言われてはいるものの、こればっかりはしょうがない。あの苛酷なばかりだった戦さ場では、作戦上での展開を除いて、いつもいつも共に居られた。目を離すと理不尽な死の翼に奪い取られてしまうやも知れぬ恐ろしさから、たとい背中合わせになったとて、その気配から気を逸らすまいぞと、それこそ全身全霊で感じ続けていたもので。それに引き換え、今いる此処は平和安寧な世界であり、だからこそ距離を置いていても安心出来るが、その代わり…というこの不具合。

 “だって、勘兵衛様は……。///////”

 そうよ、たとい毎日逢えても、きっと同じほど 含羞みのテンションは上がる自分に違いない。男臭くて頼もしい精悍さや、それが野卑で乱暴なものにはならぬ、折り目正しき実直さが、高潔な人性をも裏打ちしており。

 “そうよ。だから策を巡らせても、”

 利己的な目的への脂ぎったそれではないため、巧みで周到なところに快哉を呼びこそすれ、狡猾さに歯咬みされたり恨みを買うよな運びには……。

 “…ならな…かったかどうかまでは、よく知らないけどォ。”

 今世の話として誤魔化したわね、副官殿。
(苦笑)

 「七郎次?」
 「え? …あ、はははいっ。//////」

 観て観てと呼んでおいて、なのに、壮年殿の男ぶりに見ほれてしまったか、しばし固まっていたお嬢さんを呼び活けたれば。あわわと我に返った白百合さんが、あらためてのこと眼下に広がる庭園を指さして、

 「ほら、ツツジがところどこで咲き始めておりますよ。」

 それに、ユキヤナギの白もあちこちにと。緑の茂みのそこここに散りばめられた、今時の花々の綾なす色彩を見つけたらしいこと、無邪気にも知らせてくれてから、

 「そういえば私、
  物心ついてから教えられた花の数々を、
  随分と沢山 覚え切ってた子でしたの。」

 今 列挙したありふれた花は言うに及ばず、山野に入らねば見られぬだろ、少し珍しい花や、華やかさはないが、茶席に生ける花としては知られているもの。生け垣に使う地味なものまで、多種多数。しかも、中には誰が教えたのかが分からぬ花もあったとか。そこまでを語ってから、

 「覚えておいでじゃありませぬか?」
 「………うむ。」

 勘兵衛の洩らした唸るような声音は、そんなこと“及び知らぬ”という意味の返事じゃなかったし。訊いた側の七郎次も、そも そんな理不尽を訊いたのじゃない。出会い直しの知り合い直したのはほんの昨年のことだから、そんな幼いころの話なぞ持ち出されてもと、鼻白んでしまわれたのじゃあなくて。かつての昔、今と変わらぬ風貌や気性・性格であらせられた上官殿は、なのに花の名前に詳しくて。南国育ちで身の回りに多かったからだと聞きはしたものの、どちらかと言えば気難しいタイプの御仁に見えたことを思えば、随分と意外であったのと。それ以上に、そんなところもまた、好いたらしくてしょうがなかったからだろう。彼が教えてくれた花の名は、当時もきっちり覚えていたし、それ以上に、記憶に染みつくほどのそれとなっていたらしく。前世のことはなかなか思い出せずとも、そちらは再びの浚い直しをされたよなものだったからか、一度聞いただけで、そのまま引っ張り出せる記憶になった、と。

 「……ふふvv」

 こんなに言葉少ななやりとりで、思い出せる機微のあることもまた嬉しいか。何か特別な甘い蜜でも舐めたかのように、いかにも幸せそうな笑みにて口許ほころばせ、寄り添う人を見上げる少女であることが、

 「…さようか。」

 勘兵衛の心持ちへもまた、何とも言えぬ暖かなものをそそいでくれるようであり。特に人の流れが多いでなし、広々とした通路でもあったので、しばらくほど、その場からの眺めを…と誤魔化してのその実、お互いへの愛おしさに浸っておいでの二人であったが。そして、そんな二人の容姿風貌が、なかなかに魅力のそれであったからか、おやと視線を留める人も多ければ、ついつい連れさえ忘れる注目を寄せてしまい、足元不如意から おっとっとと転び掛かる人さえあったらしかったものの。


  「  ………っ。」


 何にかハッとした勘兵衛が、その意識を素早く研ぎ澄ます。視線だけで周囲を見回し、そのまま腕を延べると…さすがに場所柄を考えてのこと、思慮のある空気と雰囲気を侵さぬレベルでの寄り添い方をしていたものが、

 「え?」

 有無をも言わさぬ強引さで、七郎次の背へと回した腕をそのまま狭め、自身の身へひたりと添わせつつ、

 「離れるな。」

 聞こえるかどうかという低められたお声が、そうと囁いて来たものへ。はいとも ええとも応じる暇間もないままに、そんな風には見えなかったやも知れぬ自然さ、むしろ、傍からは…親しげな二人連れが、微妙に密着度を増して歩み去るところとしか見えなんだ寄り添いようにて、テラスのようになっていた空中回廊から、それは足早に立ち去ることとした勘兵衛だったりしたようで。

 「か、勘兵衛様?」

 普段の姿勢や指針はともかくとして、こんな折の行動へ、七郎次の意向を聞かずの強引さでかかるとは この彼には珍しいこと。そうは見えぬが、時折足元が浮き掛かるほどの頼もしさで支えられての、まさに“撤収”という感のある大急ぎの移動であり。十数mはあった回廊の残りを一気に通過している間中、窓と七郎次との間にずっと自身の躯を割り込ませていた勘兵衛で。少し高いめに設けられた二階部分から、慌ただしく見えなんだことこそ奇跡のような早業、一気に降り立ったホールに至って、やっとのこと立ち止まった彼なのへ、

 「……どうなされたのですか?」

 もしかして、彼のお仕事柄に関わるような、捨て置けぬ存在がいたのを見つけたとかでしょうかと。だったなら此処からは独りでも帰れますがと、続けるつもりの七郎次の言を遮って。

 「黙っておっても、お主では勘づいてしまうことだろな。」

 目許や口許を笑みにたわめての、あくまでも穏やかそうな表情を装いつつも。周囲のさわさわとした喧噪に限らせての会話からして、何かしら非常事態にあること、先んじての告げてもいて。その深色の双眸がじっと見つめるは、愛しい連れ合い。何かを誤魔化すとか隠すとか、そんな折にもこのくらいの真摯さ装える御主ではあったれど。困っておりますとの苦笑を滲ませているのを隠さぬは、そう言えば七郎次には覚えがない。おややぁ?と怪訝に思ってしまったらしく、その仇名の通りに白百合のような姿も可憐な美少女が小首を傾げて見せるのへ、

 「さっきのテラスを狙う、望遠仕様の照準器をみつけてな。」
 「……はい?」

 表側には駐車場、そしてこちらの方向にはこの庭園と、駅に間近いにしては開けた空間に所在する会館ではあるけれど。逆手にとれば、周囲へ開放され放題の建物であり。瑞々しい芝生の広がる庭園の向こう、立体駐車場と雑居ビルが寄り添い合う一角に、陽の反射をその縁へでも受けたか、不自然な光りようをする何かを見つけたらしい勘兵衛。

 「照準器って…。」
 「無論、大仰に構えることはないのだろうが。」

 警察官だからといって、何へでもいちいちマックスレベルで警戒向ける彼じゃあない。中途半端なコントじゃあるまいに、何より自身が警察関係者なのだから、そうもそこここに危険があると身構えるなんて本末転倒もいいところ。ただ、

 「ただまあ、お主はこの展示会の主催者の令嬢だ。」
 「あ…。」

 だからといって、いきなり狙撃というおっかない話じゃあなかろうというのは、日頃の務めで荒ごとの多い勘兵衛でも失笑をもっての納得するところ。拉致や誘拐ならともかくも、いきなり狙撃って…。そこまでの恨みを買ってる父御じゃなかろうし…と思ったところで、だけれども。有名な画家の一人娘で、しかも名代のお嬢様学校に通う随分な美少女だという噂は結構広まってもいる存在。父上の催したこたびの集いの会場へ、一度も顔を出さぬはずはなしとの目串立て、狙いをつけていた誰ぞがいてもおかしくはなく。

 「拉致や誘拐だったなら、
  もしやして有り得る対象でもあるのだと。
  今の今、気がついた。」

 「……そんな。」

 それもまた大仰なことだと言い返し掛かった七郎次だったが、真摯な表情の勘兵衛なのへ、ふと呑まれた。いつだって大人の余裕で、懐ろ深い受け止めようをしてくれて。時々無茶をするのへだって、お説教こそなさるものの、迷惑なことをするなというのではなく、心配させるなと案じてのそれだし。伸び伸びと振る舞う七郎次であるの、たまには羽目を外してしまっても、大丈夫だからと微笑ましげに見守っていてくださるというスタンスを保っておいでだったものが、

 “勘兵衛様…。”

 こうまで憂いの滲んだお顔をなさったのは、もしかせずとも初めてのことじゃあないかしら。たとえひどく案じていたとしても、直接…七郎次の目の前では、好きにおやんなさいよとの、余裕のある態度でおいでだった勘兵衛様なのに。そういえば、さっきからこっちの行動にしても、もっと上手に…何でもないよな素振りのまま、此処へまで誘導しおおせていた彼じゃあなかっただろか。あんな直接的な、担ぎ上げんばかりという焦りようで七郎次を庇うなんて、

 “どれほどのこと…。”

 そう、どれほどのこと動揺なさっていた彼なのかと。そこへ想いが至った七郎次としては、

 「………。」
 「まだ早い刻限だが、家まで送って行こうか?」

 そんな風なお声をかけられては、もはやのもうもう。これ以上のご心配をかけてはいけないとしか頭が回らず。とはいえ、せっかくの…それも一緒のお花見さえ叶わなかった後にやって来た逢瀬だったのにとの、切なる未練もなくはなく。細い肩をなお細くしての しょんぼりと。すっかりと萎れての項垂れてしまった白百合さんだったのへ、


  「但し、        ?」


 すいと、彼女よりも高い上背を倒して来、その耳元へと口許寄せての……勘兵衛が囁いた一言へ。まずはそうまで間近になった壮年殿の、肌からの温みを頬に受けてのどぎまぎし。お声の響きについついうっとりしてのこと、ワンテンポほど間を置いてから…何を言われたのかの意味が、するするするっと胸元と頭とへ浸透してゆくにつれ、

  「   あ、あっあっ、あのっあの……。//////」

 まあお見事なほどの真っ赤っ赤になった白百合さんが、綺麗なお手々をきゅうと握り込んでの口許へと寄せたのへ。まあなんて愛らしくも罪な麗しさを見せるのやらと、今度こそ胸元が落ち着かなかった警部補殿であったそうで。



   はてさて?









  
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  *実はここだけの話、
   シチちゃんのお父さんの名前をど忘れしておりまして。
   いやあの、まだ出してなかったんじゃないかと思いつつ、
   でも待てよと。
   どっかで紹介してなかったかな?とも思ってるワケで。
   こんないい加減な奴が書いてていいのかなぁ。


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